宗家BLOG

利休百首

2015年1月第5回 (1)昨年9月から始めた、小堀長順著の茶書「茗理正伝」の白水会会員向け勉強会も5回を数え、本文の最後まで読了しました。

「茗理正伝」では「茶話指月集」他の茶書の引用に加え「紹鴎百首」あるいは「利休百首」などからの引用もいくつか見られます。古の武将や茶人は、教訓や戒めを歌の形で残すことがありました。近世細川家初代の細川幽斎公は、歌道の達人として名高い方ですが、子孫や家臣に対する教えである「御教歌」あるいは「御教戒の歌」と呼ばれる歌を多数残されています。家臣としての心得を説いた内容のものが多いのですが、中には「もののふの知らぬが恥ぞ馬茶の湯 恥より外に恥はなきもの」と、当時の武将にとって、茶の湯の心得は馬術に匹敵するほど重要であったということをうかがい知ることができる歌もあります。

さて、「利休百首」は茶の湯の精神や点前作法の心得を解り易く三十一文字で表したものとされますが、すべてを利休が詠んだかどうかは定かではなく、利休の弟子が詠んだものや、後世創作されたものがあるかもしれません。しかしながら、利休の茶の湯に対する考え方のエッセンスとして、価値あるものに間違いありません。

「利休百首」の内容は、茶の湯の精神に係るものと、点前作法の細かな技術的な心得に関するものに大別できます。先日の講義で触れた「炭つがば 五徳はさむな十文字 縁を切らすな釣合を見よ」は後者の例です。中には「湯を汲みて 茶碗に入るゝ其時の 柄杓のねぢは肘よりぞする」など、非常に具体的な内容のものもあります。

一方、茶の湯の精神を詠んだものとしては、「その道に入らんと思ふ心こそ 我身ながらの師匠なりけれ」が第一に挙げられます。茶の湯に限らず、何事にも自ら志を立てて臨むことが、何より肝要であると。また、「茶はさびて 心は熱くもてなせよ 道具はいつも有合にせよ」「釜一つあれば茶の湯はなるものを 数の道具を持つは愚かな」など、華美に流れるを戒め、もてなしの心が第一と教える内容のものも多くあります。私自身が一番気にかけているのは、「茶の湯とはただ湯を沸かし茶を点てて のむばかりなる事と知るべし」の一首です。文字通りに表面的に受け止めてしまえば、味もそっけもない、身も蓋もない三十一文字ですが、私は茶の湯の真髄を極限までシンプルに表現した非常に奥深い歌だと思います。みなさんは、この歌をどう捉えますか?

2015-02-01 | Posted in 宗家BLOG1 Comment » 

コメント1件

アバター 永田壮一 | 2015.02.02 6:35

小堀先生、先日は大変勉強になりました。「茶の湯の心はおもてなしにあり」実に奥の深いものですね。ありがとうございました。

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