2017-03

熊本城復旧考

本日、3月13日の熊本日日新聞文化面の「熊本城復旧考」に拙稿が掲載されました。

DSC_0147熊本地震からの復興のシンボルである熊本城の復旧をいかに進めるべきかを様々な立場の筆者が寄稿するシリーズで、元銀行員の熊本市文化財保護委員としての考えをまとめました。いささか長文ですが、ご一読いただければ幸いです。

 

県外からの友人を迎えた時、必ず熊本城を案内していた。七重の石垣越しに仰ぎ見る大天守、重要文化財の櫓群、不開門、二様の石垣、戦国の空気を今に伝える宇土櫓、本丸御殿、大小天守。見所は限りなく、急いで回っても1時間、じっくり説明すれば3時間はかかる。友人は熊本城のスケールに驚き、石垣の美しさを称賛する。郷土の誇りのおかげで案内人の鼻は高い・・・この構図が崩れてしまってから約10ヶ月。再び城内を案内できるのは、何時のことになるであろう。

熊本城を復興のシンボルと考えている人は非常に多く、筆者もインフラの復旧と並行して城の復元を進めることが「心の復興」のために必要だと考えている。熊本市は昨年12月に熊本城復旧基本方針案を明らかにした。天守閣の早期復旧、文化財的価値保全と計画的復旧、復旧課程の公開などが盛り込まれている。また、エレベーターやスロープなどによるバリアフリー化も検討されている。文化財であるとともに重要な観光資源でもある熊本城の復旧については様々な意見があるが、示された基本方針は概ね妥当なものと感じている。築城当時の図面があれば、木造で文化財的価値のある天守閣を復元すべきと思うが、図面がない以上、推測でそれらしい木造天守を作るより、現在の建物を修復し、内装や歴史博物館としての機能を充実させる方が、限られた資金と時間を有効に活用できると考える。修復工事のための足場が組まれ、崩落した石垣や櫓の部材の撤去などが進んでいる様子などを見ると、ようやく物事が前に進みだした実感がある。先は長いが、着実に歩を進めていかなければならない。

以上を踏まえて、熊本城復旧について物申したい。計画では2019年までに天守閣を復旧するとされている。言うまでもなく同年開催のラグビーW杯と世界女子ハンドボール選手権を意識したものである。これらのビッグイベントを目標に迅速な復旧に努めることは結構であるが、第一義的にはラグビーやハンドボールの観戦のために熊本を訪れる人たちを意識するがゆえに、城の復旧が拙速に行われてしまっては本末転倒である。天守閣は鉄筋コンクリートの復元建造物であっても、支える天守台は貴重な文化財だということを常に念頭に置き、時間に追われて調査や工法が雑なものにならぬよう、心すべきである。また、「文化財の復旧」という観点からは、行政や一般の関心が熊本城に集まりすぎていると感じている。熊本城が復興のシンボルであることに異論はないが、救うべき文化財は他にもある。いささか個人的な話だが、茶道肥後古流を嗜む筆者としては、熊本の茶道文化の聖地である茶室「仰松軒」(立田自然公園内)の復旧を急いでほしいと強く願っている。ジェーンズ邸、漱石旧居等の建物や古文書等の歴史的資料の救済も然りである。熊本の文化財全体の復旧・復興という視点で限られた予算や人的資源をバランスよく配分していただきたいと願うものである。

2017-03-13 | Posted in 宗家BLOGNo Comments » 

 

武士の茶会 本番

全国の武将隊が熊本に集結した「戦国パーク」。

本日3月5日、水前寺成趣園内の古今伝授之間において熊本城おもてなし武将隊の細川忠興様が亭主を勤める「武士の茶会」が営まれました。忠興様はこの日に備えて昨年12月より稽古に励んでこられましたが、その成果をいかんなく発揮され1日4席の亭主を立派に果たされました。DSCN0388

熊本城おもてなし武将隊の森本儀太夫殿が正客の席には安芸ひろしま武将隊より毛利元就殿、吉川元春殿、小早川隆景殿が、DSCN0379

黒田官兵衛殿の席には神戸・清盛隊より平清盛殿、重盛殿、DSCN0395

あま姫様が正客の席には名古屋おもてなし武将隊の豊臣秀吉殿、加藤清正殿(あま姫にとっては父君)が入られました。DSCN0409

あいにくの曇り空、午後には小雨も降ってきましたが、皆様、水前寺成趣園の美しい庭と肥後古流の手前による忠興様のもてなしを大変喜ばれ、利休居士といろいろあった豊臣秀吉様は利休の作法を当世にまで守り伝えた忠興様の手前に「利休に対する忠興の想いに触れ、感じ入った。」との感想を(^^♪DSCN0406

 

2017-03-05 | Posted in 宗家BLOGNo Comments »